左対左のセオリーを無視してまで、交代して出てきた綾部だけにお手並み拝見といったところだったが和屋は気合満々
しかしそれを嘲笑うかのように、初球緩いカーブでストライクを取られると完全に吞まれてしまった
続くストレートで追い込まれ、まさかの３球勝負のチェンジアップにあえなく三振
盛り上がる恒星側、そして溜息が起こる西陵側と対照的な展開へ
「酒を飲んでも相手には吞まれるなとあれだけ言っただろう」
ベンチに戻った和屋に対し、渡島は微笑みながらそう苦言を呈している
そして恒星側は、また波瑠の過激すぎる檄が飛んでいる様子
ベンチにいるそれぞれが和屋に「落ち込んでる暇ないぞ」、「切り替えてけ」と声をかけている
祐里も三振直後は思わず天を仰いでいたが、すぐに気を取り直したようで和屋に「ドンマイ」と一声
どの言葉よりもそれが励みになったようで、和屋は大丈夫っすと力強く頷くとグローブを持って一目散へレフトへ走っていき、レフトの天満に気づいてそれから慌ててセンターへ向かって行く
「大丈夫じゃないじゃないか」
渡島が思わずそう呟くと、祐里はですねと返しつつあははと笑っている
２回表
その瞬間は突然だった
韓国の至宝・エロゲをやるためだけに来日した転校生・具聖燁が、久友の初球に投じたインハイの直球をものの見事に捉えたそれは、打った瞬間にわかるあれ
グッバーイな展開で、あっという間に１－１のタイに持ち込まれる
“どんな夢も終わるんだよ。特に楽しい夢は”
そう叫びつつ、具聖燁は勇んでグラウンドを一周していた
球質の軽さが災いしたようで、コースはそこまで悪くなかっただけに久友の精神的ダメージは大きかった様子
とはいえ、伊達にエースを張っていたわけではないのでここから粘るのも久友の持ち味
大嶺、柿澤を抑え、中村に四球を与えたものの綾部から三振を取って同点止まりでこの回を凌いだ
続く２回裏
先頭の大杉、続く天満はそれぞれ振り遅れた感満載で着払いからのセカンドゴロ２つであっさり２アウト
“集中”モードに入っていた竜也だっただけに、今日の綾部の投球内容は見ていない状況
まあなんとかなるなる（成海瑠奈ism）の精神で今度は左打席へ
“我はこの謎と闘う 我はこの謎を貪る とこしえに 生まれてこなければ「生きてなければ」”
２打席目もまた違う歌を流してくれるサービスに感心しつつ、均衡を崩す仕事をしなきゃなという思い
警戒されているのか、ノーコンなのか
綾部の投球は竜也の待つコースには１度も来ないまま、カウント３－１から結局ホア
内心つまんねーと思いつつも、For The Teamを考えれば悪くはない結果
また御部から塁上で手袋を受け取りつつ、何とか掻き回してやりたいんだけどなと考えているうち、京介の放った打球はうまく押っ付けてのセカンド後方への飛球
ライトは追いつかないそれで、これはヒットだなと確信して竜也が２塁から３塁へ向かっていると審判のコールはアウト
え、今取れてないでしょ？ と竜也と京介、そして御部も指摘するが判定が覆るはずはない
スタンドの観衆からも大ブーイングが飛ぶ判定だったが、恒星ナインは勇んでベンチへ走っていく
「捕ったわ。自分の中ではスレスレのところでやってるから。お前らの目が悪いんじゃねえか」
不満そうな京介にそう叫びつつ脇谷はベンチへ戻って行き、御部が激高しかけるがそれを宥めつつ京介がベンチへ駆け戻っていく羽目に
「いや、今の絶対落ちてたでしょ」
竜也もベンチでそう叫んでいると、それは渡島がすぐに窘めた
「やめておけ。無駄に刺激する必要はない。リスペクトするのが負けない秘訣だ」
言って、竜也の右肩をポンと叩くと祐里のほうを見て静かに微笑む
え、私？ と戸惑う祐里に対し、渡島は黙って頷いてみせる
それで祐里は困惑したままだったが、とりあえず中岸の得意だったポーズ“やればできる”を披露してみせる
竜也は思わず小さく吹くと、サンキュという感じでいつもの右拳を掲げるアレをするとグローブを持って守備位置へ散る
「キミたちには口というものがついているだろう。喋れ！もっと！その口は応援だってできるだぞ」
ベンチで判定に不満そうだったメンバーにもそう促し、気持ちを切り替えさせている
３回表
久友の投じた初球を、またも塩見が豪快に引っ張るとそれは強いショートゴロ
打球の速さに思わず京介が弾いてしまい、記録はエラー
悪りぃという感じで右手で謝る京介を久友は制しているが、その顔は動揺を隠せない様子で端正な顔立ちが一瞬強張っていた
続く脇谷はまたバントの構え
投球と同時に一塁手樋口、三塁手岡田が判断良くダッシュして飛び出した
脇谷の放った打球はホワスト樋口の正面に強く転がる
これは併殺チャンスと思い、焦った樋口はバウンドに合わせそこなってまさかの“ノートラップランニングボレー隼シュート”を炸裂させてしまう
捕手千原も思わず見送るそれは、バックネットに届き派手に弾んでいる
慌てて千原と岡田がそれを拾いに行き、ようやく追いついた時には既にランナー２，３塁オールセーフな状況
野手がそれぞれマウンド上に集まり、樋口と京介がそれぞれ謝罪をしている
さすがにかける言葉が見つからず竜也は思わず天を仰いでいた
伝令かなと思っていると、ベンチから駆け出して来たのはまたも浩臣だった
「久友ちゃんお疲れ、あとは俺の仕事だ。安心して任せてくれ」
例によって自信満々な様子で浩臣がそう言って久友の尻をポンと叩く
それで野手もそれぞれ守備位置に散っていこうとすると、浩臣は竜也を手招きで呼び寄せる
「この回０で凌ぐからな。じゃないとあいつら引きずるだろ」
この場面でそのセリフを吐けるのは凄いなと思いつつ、小声で満塁策？ と聞くと浩臣は即座にニヤリと笑ってそれを否定する
「俺はあいつらと違って逃げるようなことはしねえよ」
竜也が連続で歩かされてることを揶揄しつつ、（策はあるから）まあ見てろと言ってセカンドの守備位置へどうぞと促している
“雄叫びあげて うなるその豪腕 我らのエース 西陵のエース”
応援歌と共に巻き起こる伊藤コールに乗せ、浩臣の投球練習が始まっている
相変わらずの剛球ぶりに、これならいけるぞと竜也も感じている
投球練習を終え坂本と相対時
初球に投じたのはインハイへのストレートで、思わず坂本が仰け反って避けるそれ
恒星ベンチ、そして恒星応援スタンドからブーイングや罵声が飛んでいるが浩臣は顔色一つ変えていない
定石なら内角で仰け反らせて外勝負ってことだよなと思いつつ、竜也は１，２塁間を狭めた守備位置を取っている
ベンチからの指示は中間守備で１点オーケイだったが、浩臣はそれを由とはしていないようなので竜也もその意を組んでいる
２球目
坂本も外を読んで踏み込んで来ようとするところに、まさかのインハイへのツーシーム
今大会初めて投じるそれに坂本は驚いている
３球目も続けてツーシームで追い込むと、４球目に伝家の宝刀・縦のスライダーが外角低めに投じられて坂本のバットは空を切る
市予選、道予選を通してストレート、スライダー、フォークしか投げていなかったので坂本は面食らった様子
三振に仕留め浩臣はドヤ顔で竜也のほうを見てポーズを決めるので、思わず頭を下げて最敬礼
さすが伊藤くん、やるわーと思いつつまだ１アウトだなと気を引き締め直す
続くセザルが左打席に入る
どこでも守れる（守れない）守備力がウリだが、打撃はそこまでじゃない印象が強い打者
確か引っ張り一辺倒だったなと思い、先程と同じように一二塁間を狭めた守備位置を取ることに
初球だった
坂本を打ち取って気を抜いたのか、甘目に入った真ん中スライダーをセザルは完璧に捉える
打たれた瞬間浩臣は思わず天を見上げたそれ。会心の打球音と共に湧き上がるのは恒星側
しかし、その歓声は一瞬で別の方から聴こえることになった
華麗なジャンプ一番、竜也がそれをキャッチすると、涼しい顔でベースカバーに入った京介に緩すぎるトスで併殺成立
まるで勝ったかのような大歓声が一気に西陵側スタンドから湧き上がり、それに続いて杉浦コールの大合唱
竜也は浩臣にどうだと言わんばかりに右人差し指で指差してポーズを決めると、今度は浩臣が最敬礼をしている
「助かったわ。さすが星屑の天才」
一緒に戻りながら浩臣がそう茶化すと、竜也はニヤリと笑って小さく頷いた